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札幌地方裁判所 昭和32年(わ)412号 判決 1960年3月02日

被告人 松田鉄蔵

明三三・一二・三〇生 衆議院議員

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員選挙に当選し、同年五月二十二日衆議院水産委員に選出せられ、且つ、同年五月三十日同委員会に設けられた漁業制度及び水産資源保護増殖に関する小委員会の委員に選任せられ、その委員として右委員会及び小委員会の所管事項の議題につき自由に質疑し、意見を述べ、討論が終結した時はその表決に参加する職務を有していたものであるが、同年六月末頃東京都千代田区霞ヶ関三の六番地衆議院第三議員会館内自室において、石狩湾漁場対策委員会の委員長伊勢栄吉より、当時農林大臣が中型機船底曳網漁業取締規則に基いて、石狩湾における中型機船底曳網漁業の操業区域及び期間の制限拡大の措置を執ろうとしているので、この問題を右委員会に提案し右措置により底曳網漁業の蒙る損害並びに救済につき、右業者に有利な意見を述べる等善処せられたい旨の請託を受け、同年七月上旬頃東京都千代田区二番町十番地の一の自宅において、右伊勢よりその報酬として供与されるものであることの情を知りながら現金百万円の供与を受け、もつて、前記職務に関し請託を受けて賄賂を収受した。」というにある。

被告人が昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員選挙に当選し、衆議院水産委員並びに同委員会に設置された漁業制度及び水産資源の保護増殖に関する小委員会の委員に選任せられ、その委員として国会法及び衆議院規則に基き右委員会及び小委員会に付託された議題について、自由に質疑討論し、又は表決に参加すべき職務権限を有していたこと、並びに昭和二十八年六月三十日頃東京都千代田区霞ヶ関三の六番地衆議院第三議員会館内自室において、石狩湾漁場対策委員会委員長伊勢栄吉より、石狩湾における中型機船底曳網漁業の操業区域及び期間の制限拡大問題を右衆議院水産委員会又は前記小委員会に提案審議をなす手段、右操業区域及び期間の制限拡大により底曳漁業の蒙る損害並びに救済につき、業者に有利になる方策等の相談を受けた事実及び同年七月七日頃東京都千代田区二番町十番地の一の自宅において、右伊勢栄吉より現金百万円の交付を受けた事実は、被告人の当公廷(第十回)における供述、被告人の検察官に対する昭和三十二年八月二十日付供述調書、証人中川{文心}、同立川宗保、同浜田正、同野口宣、同蒲生兼松、同長谷川健治、同松平武一、同山田忠郎、同伊勢栄吉、同表一二(昭和三十三年二月八日付)、同斉藤文吉(昭和三十三年二月八日付)に対する各尋問調書中の供述記載、衆議院事務総長作成の捜査関係事項照会について(回答)と題する文書及び右事務総長作成の委員会開催状況等について照会の件(回答)と題する書面(就中水産委員会議録第一、二号)、漁業取締関係書類綴(昭和三十二年領第百六十六号の二)、石狩湾問題陳情関係書類(同領号の三)、石狩湾漁場紛争資料一乃至四(同領号の四)、北海道禁止区域期間改正関係綴(同領号の六)、会議書類綴(同領号の八)、参考綴(同領号の九)により明白である。

仍つて進んで本件百万円交付の趣旨につき審究するに、贈収賄罪における賄賂とは、公務員の職務と対価関係に立つ不法な報酬と解すべきもので、公務員がその職務とは全く無関係な単なる私生活上の個人的関係又は政党人としての政党関係たる立場において受ける利益はこれを賄賂ということを得ないのであり、その賄賂性判断については、当該公務員の地位身分職種、供与された利益の性質価額等諸般の事情を基準として判断すべきところ、前掲証拠によれば、前段認定事実の外、被告人は北海道選出の底曳業者出身の衆議院議員であつたこと、被告人は小樽底曳業者とは特に親密な間柄にあり、本問題以外の事にも種々関与しており、殊に本問題については昭和二十七年八月頃より対策委員会の委員と会合し、経過の報告を受け、将来の運動方針を指唆し、或いは水産庁当局に対する接衝に当る等殊の外尽力しており、その交付の趣旨は判明しないが、対策委員会より本件百万円とは別個に二、三回に渉り金員の交付を受けておること、衆議院水産委員会で発言しておること及び本件百万円の交付を受けた日時が昭和二十八年七月七日頃で、右委員会で発言した日時より近々数日を出ないうちであること及びその後の被告人の本問題についての言動に加うるに、被告人が本収賄罪にて逮捕され数次に亘り検察官の取調を受けておるのに拘らず、金員授受の事実をすら否認し、当公判廷においてもその供述を代えることなく、証人伊勢栄吉の証言により金員交付の事実が明白となつた後の第四回公判廷において始めて供述を翻し、鳩山自由党に対する党献金として受領した旨認める態度に出た事等の事実が認定できる外、伊勢栄吉の検察官に対する昭和三十二年八月六日付、同年八月二十五日付各供述調書及び斉藤文吉の検察官に対する供述調書及び表一二の検察官に対する昭和三十二年七月十日付供述調書中に本件百万円供与の趣旨を、石狩湾問題を衆議院水産委員会で審議してもらい、その対価として渡したものである旨の供述が存在するけれども、他面、証人伊勢栄吉、同斉藤文吉に対しなされた昭和三十三年二月八日付尋問調書中の供述記載によると、伊勢栄吉、斉藤文吉等対策委員会の委員は、昭和二十八年六月二十四日頃被告人に面会した際、石狩湾問題を衆議院水産委員会で審議してもらうにしても、それには相当の金がかかるし、その為には党又は議員連盟等に献金するのが一番良いのだから、党に献金しなさいと言われておつたことがあつたので、被告人を仲介者として党に献金してもらう趣旨で本件百万円を渡したものである旨供述しており、これに被告人の供述を綜合すると、右金員は被告人の職務とは無関係な政党に対する寄附として政党人たる被告人の手を通じ、当時所属していた鳩山自由党に対する献金の趣旨で伊勢等は渡し、被告人はその趣旨において右金の受領をなした事実も亦認められる。伊勢栄吉、斉藤文吉、表一二の検察官に対する供述調書の一部供述を除く爾余の前段認定事実の存在は豪も右認定をなすの妨とならない。そこで、伊勢栄吉、斉藤文吉の右証言と、前示検察官に対する供述調書との証拠価値、信憑性につき比較検討してみると、本件百万円交付の趣旨につき、右両証人の証言内容はこれと殆ど同趣旨の記載が、伊勢については昭和三十二年八月六日付検察官調書中にあり、又斉藤についてはその検察官に対する供述調書中にあるばかりでなく、伊勢栄吉に対しなされた裁判官の尋問調書(昭和三十二年九月五日付)にも同様の記載があるところよりみるも、右両証人は当裁判所の証人尋問により始めて本件百万円交付の趣旨は党献金である旨明らかにしたものでなく、その供述趣旨は当初より一貫しているものであり、更に被告人が右証人に対する尋問がなされた昭和三十三年二月八日迄本件百万円交付の事実を否認しているのにも拘らず、この事を証言しており、この事実の供述は被告人並びに弁護人にも唐突のことであつたらしく、反対尋問も主として百万円交付とその趣旨の点に集中していることからみて、右両証人が事前に被告人又は弁護人と打合せ若しくは被告人に迎合して事実を歪曲して供述しておるものでないことが記録上明らかであつて、本証言の信頼度は極めて高度のものと言わざるを得ないし、その証言内容を微細に検討してみても、矛盾撞着がなく客観的事実に合致し、金員授受の趣旨の或る部分の記載を除いては検察官に対する供述調書と大差なく極めて真実を証言しているものと考えられ、殊更に非理非正を供述しているものとは認められないので、前記証言は検察官に対する供述調書より証拠価値が高いものと断ぜざるを得ない。尚、証人伊勢栄吉、同斎藤文吉の証言によると、本件百万円交付に当りその理由を対策委員会の委員大地岸太郎、高橋政雄、渡辺善太郎に相談したと供述しておるところ、第五回公判調書中の証人渡辺徳次郎、同八田孝久、同渡辺善太郎の尋問調書中の供述記載並びに第六回公判調書中の証人大地岸太郎、同高橋政雄、同斎藤文吉の尋問調書中の供述記載によると、各証人はいずれも本件百万円を被告人に交付するに当り、当時止宿していた旅館大栄荘で伊勢栄吉より交付の趣旨の相談を受けたこと及びその趣旨は、伊勢栄吉の尋問調書記載の如く党献金にする趣旨であつたことが認められる。しかも、証人高木松吉、同金原舜二、同中村梅吉、同河野一郎に対する各尋問調書の供述記載によると、右各証人は当時鳩山自由党の幹事長であつた三木武吉より被告人が党献金をした旨聞いたと証言しており、又証人安藤覚に対する尋問調書(昭和三十三年九月十九日付及び三十四年二月二十五日付)によると、被告人が三木幹事長宅にて同人にハトロン紙入りの現金をもつて来て手交したのを目撃している旨供述しておる。ところで右証人高木松吉、同金原舜二、同中村梅吉、同河野一郎の各証言内容はいずれも被告人の党献金の事実について三木武吉より聞いたというに過ぎない伝聞証拠である上、一般的に具体性に欠け理路整然たるものでないことは認めざるを得ないところであるが、右各証人の地位及び三木武吉と同人等との関係よりみるとその証言内容が架空のものであるとは断じ得ない上、証人安藤覚の証言がある以上、被告人はその日時は不明であるが、三木武吉に党献金をしたものと認定するを相当とする。尤もこの点につき証人佐藤三七次(昭和三十三年九月十八日付)、同豊福三郎に対する各尋問調書押収に係る収支報告書(昭和三十二年領第百六十六号の十一)によると、被告人が鳩山自由党に献金した旨の記載がなく、又党の帳簿にもその記載がないことが認められるのであるが、政党の資金運用関係についてみると、政治資金規正法による正規の党献金(これは党の帳簿に記載され、又自治庁への収支報告にも記載される)以外の党献金いわゆる闇献金が多く、これらはいずれも党への献金であるが、正規の規定による党帳簿への記載がない上、党の資金会計はこれらの多額の闇献金により賄われている実状にあることが認められるのであるから、単に党の帳簿若しくは自治庁宛の収支報告に被告人より党献金の記載がないことにより被告人が党献金をしなかつたものと認められず、又証人佐藤三七次の被告人が党献金をしないと云っていたとの旨の供述を以てしてもこの点を覆し得ない。

従つて、本件百万円については、被告人はその職務に関し不法な対価として受領したものではなく、被告人が政党人として政党関係上より鳩山自由党に対する党献金の趣旨として交付されたものと認めるのが相当であり、結局賄賂性を欠くものである。しかし、被告人が右認定の如く政治献金を法定の届出を経ずしてなした所為換言すれば闇献金の行為は政治資金規正法違反の罪を構成すること勿論であるけれども、被告人に対しては右法違反の点につき公訴提起の手続がなされていないのみならず、仮に現在これがなされたとしても右は公訴時効が完成している為被告人につき政治資金規正法違反の点は問題とならない。されば被告人に対する本件公訴事実については、結局犯罪の証明がないことに帰する。刑事訴訟法第三百三十六条に基き無罪の言渡をなすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木進 神崎敬直 岡田潤)

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